料金不要特急とその派生種別

 特急という種別のうち料金不要で運転される一般列車としての最上位種別の「特急」が存在します。基本的に「急行」以下の各種別と同様の一般型通勤車を使用して専用車輌を導入しない例がほとんどで、運用も共通となっていたりするなど、車輌としての差別化はなされていないのが大半となっています。例外としては京阪や阪急京都線、西鉄天神大牟田線がありますが、京都~大阪間はJR(国鉄)、京阪、阪急と三社が競合する上に最速でも乗車時間が約30分程度とそれなりの着席需要があるものとなっており、西鉄ではJR鹿児島本線と競合しており西鉄福岡(天神)~大牟田間を1時間弱で結んでいて、このように30分以上の連続乗車需要があれば、座席指定とまではいかなくとも機会あればクロスシートで快適な乗車を望むのでしょう。また阪神~神戸高速~山陽と三社直通を行う「直通特急」は所要時間が100分で全てではありませんがクロスシート車を投入しています。
 こうした料金不要の「特急」が設定されている大手私鉄の多くは比較的近距離の都市間連絡路線となっています。原則的に最上位種別であるために停車駅は最小限で、主に沿線主要都市の中心駅や亜幹線との接続駅などに抑えた速達列車として運転されます。ロングシート車を使用する「特急」の場合、始発から終着までの所要時間は京成約80分(普通約95分)、京王約40分(各駅停車約75分)、東急東横線が30分前後(各駅停車約50分)、阪急神戸線約30分(普通約40分)、阪神約35分(普通約50分)と、「普通」と「特急」の所要時間の差は10分から40分と路線によって開きがありますが、最小の阪急神戸線は路線の距離が短く緩急退避が少ないためで、並行する阪神本線と比べると緩急の差が5分違っています。これは阪神が緩急接続を重視しており、阪神の退避可能駅が野田、千船、尼崎、尼崎センタープール前、甲子園、西宮、青木、御影、大石と9駅にあるのに対して、阪急は園田、西宮北口、六甲の3駅だけで退避を行うの原則として西宮北口のみとなっています。これは阪急は日中の運転では「特急」が唯一の優等種別となってしまい主要駅をこまめに停車するのに対し、阪神は「特急」のほかに「急行」(梅田~西宮間)や「快速急行」(本線では尼崎~三宮)と複数の優等種別が存在するので、「普通」が優等種別の前を塞がないようにするためと各駅の乗降客を速達列車に誘導するために頻繁に緩急接続を行っているものと考えられます。また阪神では大阪~神戸間だけではなく、神戸高速と山陽に乗り入れて姫路まで直通運転を行っているので、併走するJR線に所要時間(JR「新快速」約60分、阪神・山陽「直通特急」約95分)はまったく歯が立たないにしても、ほんの僅かでも差が開かないように配慮している意味合いもあるのでしょう。京王でも最上位種別として1963年の運行開始以来2013年まで停車駅は変化がありませんでしたが、2001年の「準特急」設定と大半の「特急」系統の「準特急」化、そして2013年の「特急」系統の運転見直しによって「特急」の停車駅を改定絵の「準特急」と同じにしたうえで、「準特急」の停車駅を高尾線内各駅停車として停車駅の増加が実施されました。京王では「特急」以上の上位種別は設定された事はありませんが、2001年から2013年にかけては「特急」系統の大半が「準特急」で運行されて、無印の「特急」がほとんど見られなくなった時期もあり、こうして「特急」の運転が下位種別によって縮小されるという事例も存在します。結果として後に「特急」の停車駅が増えることとなりましたが、これも停車駅が増してしまうと減らすのは困難だからと行われた例といえます。
 京急と京成は共に料金不要の「特急」を運転しているものの更に上位種別を設定しており、他の私鉄と比べると「急行」に近い存在となっていて「特急」は少々影の薄い存在となっています。上位種別は京成が有料列車の「スカイライナー」と「シティライナー」料金不要の「快速特急」と「アクセス特急」がそれぞれ存在し、京急は料金不要ながら一部はクロスシートを配した「快特」を運用しています。京成は「快速特急」と「アクセス特急」は上位種別となっていますが、各種別の差は「快速特急」とは「特急」が佐倉以東は各駅停車で以西は両社とも同等となっており、「アクセス特急」とは「特急」が北総鉄道線内の西白井以東が各駅停車で京成線内は両社の停車駅は同等となっており、「快速特急」との差は末端区間での停車駅のみで「アクセス特急」は停車駅の差よりも文字通り成田空港へのアクセス列車として種別を変えるのに重点を置いているといって良いでしょう。
 料金不要「特急」に2扉クロスシート車を採用しているのは京急(但し主として「快特」)と京阪、阪急京都線、西鉄です。このうち関西の阪急京都線と京阪はJRとの競争が激しくなる前まで大都市圏内の間をノンストップで「特急」を運行していて所要時間での対抗策としていました。都市間ノンストップという事はそれだけ乗車時間が長くなり、走行している時間が30分以上となる場合もありました。このため乗客にはなるべく着席できるように配慮した結果が、座席数の多くなる2扉クロスシートでした。また郊外区間を停車せずに運転するという事は利用客の出入りがそれほど頻繁にはならないという事で、始発駅側では大半が乗車する事となり、終着駅側ではほぼ全てが降車となって客扉付近の乗降による錯綜が少なくなり、大きな混乱が生まれ難いため2扉車体が採用しやすかったものと思われます。ただ両社共に速度ではJRに対抗しにくくなってくると途中駅のお乗客の獲得に力を注ぐようになり、阪急では「特急」用新型車両にはクロスシートを採用したものの、乗降扉には3扉を採用して混雑の緩和に努めるようになりました。京阪も2扉車の置換えではありませんが、「特急」の一部や「特急」を補助する「快速急行」に3扉の新3000系や朝のラッシュ時には一般車も投入して途中駅からの乗客に対処しています。京急は2扉クロスシート車の運行開始がハイキング列車など元々観光需要に立脚していたもので阪急や京阪とは少しばかり異なりますが、通勤需要に応えるようになった後も停車駅を渋って運転されていました。しかし近年では乗降客の変化から停車駅は増えてきて3扉ロングシート車の運用も多数存在します。またラッシュ時の増結には3扉車が充てられていますが、これは増結用編成に2100形対応の編成が存在しないためで、ラッシュ時に12両全てが2扉クロスシートで運行するのは困難と判断されたためだろうと思われます。また将来的に阪急のように2100形の後継車を3扉車にするのかどうかは現時点では置換え計画が存在していないので不明です。西鉄も起点と終点の間で都市間無停車運転は行っていませんが、停車駅を主要駅に絞って運転していてJR鹿児島本線に対抗しての遠距離客へのサービスとして客席定員の多い2扉クロスシートを採用しているものと思われます。また他社と同様に3扉クロスシート車の3000形が2007年に登場しましたが、これは基本的に「急行」運用に充当されて「特急」へは代走運用も含めてあまり充てられないようです。また現在「特急」運用の主力である8000形も京急2100形と同様に置換え計画は特に存在したおらず、当面は安泰といえます。
 一番新しい「特急」は2001年に運用を開始した東急東横線の「特急」です。東横線に限らず東急ではこれまで「特急」が設定された事はありませんでした。それが2001年になって「特急」が運行されるようになったのは、JRの“湘南新宿ライン”の運行開始が主な理由となっています。それまで渋谷~横浜間は東急東横線が乗換えなしで行く事ができたので大きなシェアを確保していました。しかし“湘南新宿ライン”が運転されるようになると「普通」で僅か5駅、速達種別の「特別快速」では2駅となり、一部区間では120キロ運転を行うなど同区間で25分程度で走破するようになり、従来の「急行」が30分程度掛かっていたのでは対抗するのは難しいと判断されて24分程度で運転される「特急」が新設されました。また「急行」は改正毎に増えていき、“隔駅停車”と揶揄されるほど停車駅が増えてしまったので、停車駅を整理した新しい速達種別を設定したいといいう思惑もあったと思われます。
<ここから>
 こうした料金不要「特急」は他の種別と比べて全区間或いはそれに匹敵する区間を利用する乗客の比率が高いことが挙げられます。関西のかつての京阪や阪急京都線が良い例で、大阪市内や京都市内の主要駅に停車する以外は中間区間の主要都市駅であっても通過していました。以前のJRが台頭してくる前の私鉄の運用では大都市間輸送の要の種別として「急行」以下の種別と料金不要「特急」は明確に区別されていたといえます。しかしながら並行JR 路線との競争が激化すると大都市間の大きな集落を結んでいた私鉄は、大都市間を最短距離に近い形で結んでした国鉄/JRには速度面では太刀打ちする事ができずに、料金不要「特急」の途中主要駅の停車に踏み切るようになり、「急行」よりも多少停車駅の少ない最上位種別となっています。
 名鉄の「特急」(含む「快速特急」)は基本的に料金が必要な特別車を連結した一部特別車「特急」ですが、特定の時間帯などに全車一般車の料金不要「特急」が運転されています。この列車は平日昼間に運転されている名古屋~河和・知多新線系統の「特急」で土休日とかつての平日には名鉄他路線と同様に一部特別車「特急」で運転されていたものです。この平日昼間という時間帯は一般車でも比較的座席に余裕があり、わざわざ追加料金を支払ってまで特別車に乗る必要性か薄く、特別車の利用率の悪い特別車の連結を廃止したものです。ただ一般通勤車で運用を代替するとロングシート車などが「特急」運用に就く可能性もありサービス低下を防ぐために他所では持て余していた2扉クロスシートの5300/5700系のSR車が優先的にこの全車一般車「特急」運用に充てられています。土休日は昼間時間帯でも一定の利用客が見込まれるようで、一部特別車による「特急」運用が残されています。
 また名古屋本線にも一般車による全車一般車の特急が名古屋から岐阜と岡崎方面に各一本ずつ運転されています。これは特別車の需要によるものではなく、名古屋からの遠距離最終列車として運転されているもので、下りは岐阜方面最終の「特急」として、上りは岡崎行きの最終の「特急」として(この後に鳴海行きと金山行きが運転)それぞれ運転されています。これらは名古屋発をなるべく遅い時間に設定しつつ、終電後の線路補修時間帯を極力多く確保する意味合いがあるために運転時間の短い「特急」として運転されているもので、車輌的には特急用を使う必要が無く、終電として極力多くの客を収容する意味合いもあって全車一般車として運転されているのでしょう。最近では朝ラッシュ時に全車一般車「特急」が運転されていましたが、一部特別車「特急」に吸収されています。
 かつては料金不要の特急と座席指定特急とを区別するために「高速」という種別が本線系統に存在していましたが、「高速」についてはまた別の機会に記述したいと思います。ちなみに「高速」設定以前は料金不要の「特急」と座席指定券が必要な座席して「特急」が同じく「特急」として運転されていて非常に複雑で判りにくいものでした。
 また名鉄の孤立路線である瀬戸線に1966年から1977年の約10年ほど「特急」が存在していました。料金不要ながら車両は差別化されて本線系の7000系“パノラマカー”に意匠を近づけた逆富士型の行先種別表示器やミュージックフォーン、そして後に本線特急専用車にも採用されたスカーレットに白帯が施されていました。瀬戸線「特急」の運行は1977年の瀬戸線栄町乗り入れ直前まで行われましたが、「急行」に格下げされました。

一般車と座席指定車の混結
 現在、「特急」で一般車と特別車が混結をして運転されているのは、名鉄と南海のみです。名鉄では一般車と特別車、南海では自由席車と座席指定席車と区別されています。両者はかつて全車特別車輌を用いた列車が「特急」運用の中核となっていました。しかし主に昼間時間帯に全車座席指定列車だと、他の列車が着席できるかは別としてラッシュ時ほど混雑しておらず、特別料金を必要とする列車を忌避する傾向があるうえに近距離を乗車する客には使い辛い列車となっていました。更に名鉄では豊橋駅の入線列車数最大6本という制限があり、この枠を「特急」系統×4、「急行」系統×2と割り振っていたので、特別車を敬遠する客にとっては豊橋発の乗車機会は毎時2本のみとなってしまい、徐々に力をつけてきたJR東海に対抗するためには特急に料金が不要な一般車を設定する必要に迫られて、1990年に名古屋本線に座席指定仕様の白帯車の7000系、7700系と1000系を特別車に、一般車仕様の7000系や5300・5700系SR車を一般車にして一部特別車「特急」の運行を開始し、翌1991年には4両編成の1000系を2分割して、その2両を特別車にして新造した一般車仕様の1200系4両を組み込んで貫通6両の一部特別車の運行を開始しました。長らく一部特別車はJRとの競争が激しい名古屋本線での運用が主体でしたが、「特急」運用の見直しにより2006年から2008年にかけて犬山線や津島線、河和線など各亜幹線の「特急」系統にも一部特別車列車を導入することとなり、「特急」や「快速特急」を冠する全車特別車列車は消滅する事となりました。現在は前述の全車特別車「特急」を除き、「特急」と「快速特急」は全て一部特別車となっており、逆に全車特別車の列車は「μ(ミュー)スカイ」となりました。このため名前の由来となった“中部国際空港”に入線しない列車でも全車特別車であるならば運行形態に関わらず「μスカイ」として運転されています。
 南海では南海本線と高野線で「特急」が運行されていますが、自由席車と座席指定車連結されて運用されているのは南海本線のみです。“サザン”の愛称で大阪難波と和歌山市を結ぶ列車で、座席指定車には10000系と12000系が使用されて、自由席車には7000系と7100系、8000系が使用されていますが、ブレーキなどの機器の関係上で10000系には7000系列が連結されて、12000系には8000系が連結されて運用されます。また2012年に導入された新形式12000系は“サザンプレミアム”という愛称を冠していますが、列車名は“サザン”です。“サザン”運行開始当初は10000系に2両組成と4両組成があり、初期の一部座席指定車の運用には2両組成が充当されて、全車座席指定車には4両、6両、8両で運用されていました。後に座席指定車は基本的に4両とされて2両組成は4両化されて一部運転台を閉鎖し、10000系の基本組成は4両に統一されました。かつては平日ラッシュ時に全車座席指定の“サザン”がホームライナー的存在で運用されていたり、日中には逆に全車自由席の「特急」が運行されていたりしました。これは“サザン”が大阪~和歌山間を結ぶ都市間連絡列車しての性格のほかに徳島とのフェリー連絡の役割を担っていた関係で、フェリーとの接続を考慮するためにどうしても10000系編成のやりくりが就かなくなる時間帯が発生してしまうのが全車自由席「特急」が設定された理由となっていて、停車駅は“サザン”と同様となっていました。2012年の12000系登場により指定席車の運用に余裕が発生した事により、全車自由席「特急」も一部座席指定「特急」“サザン”に組み入れられ、南海本線和歌山系統の「特急」は一部座席指定「特急」“サザン”に統一されました。ちなみに全車自由席の「特急」は座席指定車を組み込んでいないので“サザン”の愛称は与えられずに、単に「特急」として案内されていました。

<続く>